創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

風の鳥~鳥たちは大海原を羽ばたく~──のべらっくす第10回 A面

ついに第10回。第2回から連続参加してます、毎月企画。

novelcluster.hatenablog.jp

今回のテーマは「旅」
ボーイミーツガールな話を目指してファンタジー系で書いてみました。
男の子サイドと女の子サイド両方書く予定で、こちらはA面。男の子サイド。
B面は、果たして間に合うのか(これも結構ギリギリだけど)
まぁ、とりあえず、A面の物語をお楽しみください。

(追記:2015/07/31 22:01)
奇跡が起こってB面が書き上がりました(おい)
こちらもお楽しみください。

chihiron-novel.hatenablog.com

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photo credit: DSCN2766 via photopin (license)

 ほんの出来心だった。

 堅牢なる屋敷の隠し姫。成金商人バグドラッドの娘は、大変な美貌の持ち主で、それを誰にも渡すまいと、父親によって屋敷の一室に隠されている。その顔を見たことがあるのは、数人の世話係の女中のみで、母親は娘が5歳になる前に屋敷から追い出された。何人もの貴公子が娘を手に入れようと屋敷に赴いたが、全員すげなく追い返されるか、そのまま帰ってこなくなった。娘が解放されるのは、父親が死んだときか、はたまた娘が死んだときか。

 偶然立ち寄った街の宿屋の主人から聞いた噂話に、好奇心が沸いた。
 正攻法で面会を申し出たところで無駄と踏んで、アルフレッドは深夜にこっそりと屋敷に侵入した。何もそのお嬢さんを誘拐しようという話でない。ほんの一瞬でも成金商人が執心する美貌が拝めれば、それで十分だったのだ。
 衛兵は正門と裏門に一人ずつしかおらず、屋敷を囲う塀にも特に侵入者対策は施されていなくて、拍子抜けするほどすんなりと敷地内に入り込めた。街で隠されたお嬢さんの居場所を探ってみれば、窓もない隠し部屋にいるだとか、鐘のある塔の上にいるだとか、はたまた地下室にいるだとか、てんでばらばらな答えがいくつも飛び出して、結局のところさっぱり分からないままだった。探しているうちに衛兵に見つかるか、それとも夜通し探しても見つからずに諦めるか、運よく部屋が見つかったら、それは果てしないほど幸運だと思いながら、まずは屋敷の周囲を一周していると、上階から誰かの話し声が聞こえた。
 耳をすませば、それは少女と妙齢の女のようだ。どうやら、隠されたお嬢様に女中か誰かが就寝の挨拶に来ているらしい。運がよすぎて逆に不安になってくる。屋敷の主人による罠、という考えも一瞬頭をよぎったけれど、好奇心には勝てなくて、結局、話し声が収まって部屋の中の明かりが消えるのを、物陰に隠れて待つと、近くの木によじ登った。
 選んだ木は幹が丈夫だったようで、物音ひとつ立てずに話し声のした部屋のすぐそばまで上がることができた。そのまま、木の葉の影に隠れて部屋の中の様子を伺ったが、バルコニーの奥に見える窓には、日よけの分厚い布がかけられていて、何も見えやしない。ただ、物音ひとつしないところをみると、どうやら、部屋の主は眠ってしまったようだ。
 さて、どうするか。
 アルフレッドは腕を組みながら、これからの計画を頭の中で展開し始めた。
 窓には当然のように鍵がかかっているだろうし、窓を壊せばその音で衛兵が飛んでくるだろう。囚われのお嬢様の居場所がわかった今となっては、屋敷の中に侵入するのは見つかる危険が高すぎる。かといって、ここまで来て、顔をひと目見ることすらなく帰るのもなんだか癪に障った。
 とはいえ、今日のところは手詰まりだ。鍵のかけ忘れを祈ってこの街に滞在している間は通ってみる。昼間に顔を出さないか観察してみる。その前提で今夜は撤退するのが、一番妥当な作戦に思われた。バルコニーにでも顔を出していたらめっけものだ。わざわざ今日、危険を冒すこともない。

 そう思って、今にも木をつたって屋敷の外へと脱出しようとすれば、カチャリと異質な音が聞こえると、窓から顔を出した少女とバッチリ目が合った。
 人形が命を持って動き出したような少女だった。軽く波打つ金髪は月明かりに照らされてきらめき、パッチリとした青い瞳がアルフレッドの姿をを映し出す。真っ白な夜着に包まれた白くてつややかな体は、突然の闖入者にピタリと動きを止めていた。
 数秒か、数十秒か。二人はそのままの体勢で見つめ合った。アルフレッドの方も、こんなにも都合のよく少女が現れたことに困惑していた。想定外だ、こんなこと。見るだけのつもりだったのに、まさか顔を合わせるなんて思っても見なかった。そのせいで、逃げるのが遅れた。
 先に正気を取り戻したのは少女の方だった。バルコニーにしっかりと姿を現すと左右を見回し、口に手を当てて誰かに叫びかける格好になる。
 ダメだ。衛兵を呼ばれる。
 そう思った瞬間には体が動いていた。バルコニーに飛び移ると、少女の後ろに回り、背中から手を当てて口を塞ぐ。逆の腕では、暴れまわる少女の手を塞ぎ、身動きも取れなくしてしまう。とりあえず当座の危険を回避したところで、アルフレッドは弁解するように口を開いた。
「待って待って。衛兵呼ばないで。怪し……くはあるけど、君に危害を加える気はないし、盗みに入ったわけでもないから。ね。ねっ」
 下を巡回しているであろう衛兵に聞こえないように、小声でまくし立てる。自分が相手の立場だったら、まったく信じられないような言葉だ。
 それでも少女は納得したらしい。拘束から逃げ出そうとしていた動きを止め、無言でこちらを見つめる。口に当てた手を外せ、と視線だけで訴えてきた。そう簡単に離すわけにもいかなかったが、今の体勢のままでは埒が明かない。また叫ばれそうになったら、拘束するという算段だけは頭の中で考えて、アルフレッドはゆっくりと少女から体を離した。
 予想に反して、少女は静かにアルフレッドを見つめるだけだった。
「あなたは誰? どうしてここにいるの?」
 その小さな赤い唇から鈴の鳴るような声が滑り落ちる。
 確かにすべてが浮世離れしている。バグドラッドが外に出したがらないわけだ。バルコニーの塀を背景に佇む少女の姿は美術館に飾られた絵のように美しかった。
 だが、目の前にいる少女は人形ではなく人間だ。このまま見つめ続けているわけにもいかない。
「俺はアルフレッド。職業は語り部。年は18。街で噂の囚われのお姫様を見物しに来た」
 アルフレッドは、事実をありのままに語った。語り部といえば、嘘八百から事実は物語よりも奇なりな実話まで、人により語られる物語の種類もさまざま。世界中を旅して回り、行く先々で娯楽を提供する。
「ま、嘘だと思うかもしれないが、嘘を語るのは俺の信条に反するからな。俺の口から出る言葉は全部本物だ」
 と言って信じたのか、少女は首をかしげながら何かを考えている様子だ。ひとまず、衛兵に捕まる心配はしなくて良さそうだ。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 が、危機が完全に避ったわけじゃあない。屋敷を出るまでは気が抜けない。なんたって、現在、退路は少女の後ろに広がり、何かの拍子に逃げ出すことになれば、一瞬出足が遅れる心配があった。それが命取りになることだって普通に考えられる。
 こちらがなんとしても無傷で脱出するための模擬戦を頭の中で繰り広げている間に、少女の方も考えがまとまったらしい。
「語り部さん。それがホントなら、私に語ってください。あなたの見てきた世界のことを。……私が、満足するまで」
 少女がいたずら気な笑みを浮かべると、長い長い夜が始まった。

/

「ふわぁぁぁあ~~あ」
 アルフレッドは手からはみ出すほどの大口であくびをすると、眠たげに目をこすった。
「あの、ひきこもりお嬢様め。結局朝まで付き合わせやがった上に、次の約束まで取り付けやがって」
 時は夕日が沈む頃。夕飯、もとい、この日最初の食事にありつこうと宿を出たはいいが、どうにも体が重い。街に滞在している時にまさか徹夜をするはめになるとは思ってもみなかった。
 昨夜というか、もはや今朝のこと、空が白みだして朝日が上り始めた頃に、絶対絶対絶対ですからね、という熱いお願いを受け入れたところで、ようやくアルフレッドは、お嬢様から解放された。
 どうやら、本当に物心ついてからは全くあの部屋から外に出ていないらしく、何を話しても目をキラキラさせて物語に聞き入っていた。
 まぁ、賃金も彼女のお小遣いからたんまりと頂いたし、客としては上客だが、さすがに夜通し語り続けるのは骨が折れた。宿に戻る頃には完全に夜も明け、朝帰りの姿を見てニヤつく宿屋の主人を無視して部屋に戻ってベッドに倒れこむと、目が覚めたのはついさっき、もはや夕暮れ時が迫っていた。今日の昼には街を出る予定だったのが、仕方がないからもう1泊することになってしまった。特別の約束はないとはいえ、予定が狂うと調子が出ない。
 昨夜の偶然の遭遇といい、あのお嬢様にずいぶん振り回されている気がする。
「ま、それも終わりだな」
 明日の朝早くには街を出る。しばらくこの街を訪れることもないだろう。その前に、今夜はたんまりと腹ごしらえだ。朝食、昼食を取り損ねた分を取り戻さねば。
 昨夜も訪れた安くて旨い飯屋に続く道へと交差路を曲がる。すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
 喧嘩……いや、それとはちょっと違う。怒鳴り声だが、怒りというよりもむしろ焦りの色が強い。ここでつい好奇心が湧いて食欲に勝るのが語り部の悪い癖だ。面白い話を逃す手はない。
 アルフレッドは声のした方に小走りで近づくと、辺りを見回す。
 いた、声の主。あれは、
「お嬢様のところの衛兵?」
 なんでこんなところに。それにこの慌てようはいったい──

「私を探しているのよ」

 ふいに、後ろから声が聞こえた。
 聞き覚えのある声。昨夜、早く帰って眠りたいアルフレッドを散々引き止め続け、物語を話させ続けた声。
「お嬢様……」
 苦虫を噛み潰しながら後ろを振り返れば、予想通り、昨夜知り合ったばかりのお嬢様が立っていた。一応変装なのか、外套をしっかり羽織った上に、頭巾を目深にかぶっている。
「お嬢様はやめてください。せっかく変装しているのに、バレてしまう。私はシェリー。ちゃんと名前があるんですから、名前で呼んでください」
 すました顔でシェリーはそう言ったが、そういう問題じゃない。
「なぁ、シェリー。お前、なんでこんなところにいるんだ?」
 変装。焦った衛兵。いたずらっ子のような笑み。
 大体答えは想像ついたが、敢えて尋ねる。できれば外れて欲しいところだと、アルフレッドは天に祈りたい気持ちになった。
「決まってるでしょ。あなたと一緒に旅に出るの。あなたの見たものを私にも見せてください。話だけじゃなくて、ちゃんとこの目で確かめたいの」
 予想と寸分違わぬ答えが返ってきて、アルフレッドは思わず頭を抱えた。
「あのな、俺は危険な場所にも行くんだぞ。もしかしたら死ぬかもしれない」
「そんなことわかってます」
「飯にありつけないことも、寒空の下で野宿することだってある」
「外の世界に出られるなら、我慢できます」
「俺は誘拐犯にされるのは御免だぞ」
「うちの衛兵にバレたら、私が勝手についてきたことにすればいいし、何も知らない人には年の離れた兄弟ってことにしておけばいい」
 何を言っても即答で返事がある。ここに来るまでに大方の説得の言葉への反論は用意済みらしい。
「わぁーかった。わかった。連れてきゃいいんだろ。連れてきゃ」
 なんだか、何を言っても無駄な気がしてきた。それならいっそ思い知ればいい。家の外がどんなに危険で、自分がどんなに大切にされてきたかを。
 こちらが首肯した瞬間にシェリーは満面の笑みを浮かべる。
 こうやって笑ってると、ただの子どもだ。成金商人の秘蔵の娘には見えない。いや、見えない方がこの少女にとっては、幸せなのかもしれない。
「んじゃ、そうと決まればさっさとこの街からずらかるぞ。ずいぶんと熱心に探されてるみたいだしな」
 衛兵たちが怒鳴り合いながら少女を探す騒音が先程よりもやかましくなってきた。彼らも必死なのだろう。秘蔵の娘がいなくなったとあれば、どんなお咎めがあるかわかったものじゃない。
 シェリーの手を取り、声の聞こえる方とは逆へと駆け出した。まずは宿に戻って荷物を回収して、それから馬を出さなければ。それから、次の目的地はもっと危険の少ない場所にしよう。さすがに炎燃え盛る火山にいきなり連れて行くのは難易度が高すぎる。心配事は山積みだ。
 でも、なんだか段々ワクワクしてきた自分がいるのに、アルフレッドは気づいていた。
 旅の道連れができるのは、育てのキャラバンから離れてから初めてのことだ。しかも、当時は自分が最年少だったのと反対に、今度は子どもの面倒を見ないといけない。どう考えても波瀾万丈になりそうだが、それもまた、新たな物語の1ページになると思えば、お安いご用だ。
 繋いだ手の先にいる少女は、楽しそうに笑っている。まぁ、楽しみにしていればいい。昨夜語り尽くした物語よりももっと面白い生の世界を見せてやるからさ。

END


字数制限ギリギリすぎて焦ったわ、久々に。
足りなさそうだったので、夜通しの物語りは省略。