創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

籠の鳥~鳥たちは大海原を羽ばたく~──のべらっくす第10回 B面

なんとか締め切りまでにかけましたよ。B面。
これで心置きなく週末は海に行けます(笑)

novelcluster.hatenablog.jp

テーマは「旅」男の子サイドのA面に続きまして、女の子サイドなB面。
A面はこちら。どちらから読んでもOKな感じです。

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photo credit: Little bird (red version) via photopin (license)

 生まれてからずっと籠の中で暮らしていた。それ以外の生き方があるなんて、想像したこともなかった。

 あの日までは。

「おやすみなさいませ。お嬢様」
 そう言って女中が明かりを消して部屋を出るのを見届けると、シェリーはごろりとベッドに寝転がった。いつもの就寝時間よりは遅い時刻だが、今日はたっぷり昼寝をしてしまったせいでまったく眠気はない。
 生まれて15年。物心ついた時からずっと、今いるこの部屋を出たことがない。部屋を出ること以外はなんでも叶えるという商人の父の言うことを守り、日がな一日部屋の中で自堕落な生活を続けている。家の書庫にある本を女中に少しずつ持ってこさせていたが、それもついこの前に最後の1冊を読み切ってしまった。次は父が遠方の街への買い付けから戻ってこないと手に入れることができない。さすがにやることがなくてベッドの上をゴロゴロしていると、心地よい風が眠気を誘い、気がつけばグッスリと眠りこけていた。夕食を運んできた女中に呆れながら起こされ、寝起きの胃袋に食事を詰め込むと、湯浴みをしたあとに、女中の一人を呼び出して駒遊びに興じ、明日の仕事に差し支えると暇を告げた女中を送り出したのが今しがた。眠ったほうがいいのは分かっていたが、枕に頭をうずめて掛布を被っても、目はスッカリ冴えている。
「仕方がない。夜空を見上げて星でも数えましょ」
 そうすればそのうち眠くなるだろう。
 ベッドから抜け出したシェリーは、裸足のまま窓辺に近づくと、バルコニーに通じる窓を開いた。
「っ」
 バルコニーの奥にそびえ立つ木の葉の奥で、人影が揺らめいた。暗闇の中でその黄色い瞳が光り、シェリーはその視線に釘付けになってしまった。
 どうしてこんなところに人が。衛兵が見張っているんじゃないの。あの高い塀を越えてきたっていうの。それに、今登っている木だって、二階にあるこの部屋に届く高さじゃない。
 信じられない思いでいっぱいのシェリーだったが、女中によると、父は街一番の金持ちで有名らしい。となると、相手は身代金目的の誘拐犯か、それとも屋敷にある金を盗みに来た盗人か。何にせよ、早く捕まえなければ。
 左右を見回して、屋敷の外を巡回しているはずの衛兵を探す。
 いた。すぐ近くの中庭に一人。あれなら、この侵入者を捕まえられる。早く、この侵入者の存在を知らせないと。
 そう思って大きく息を吸い込んだ瞬間、相手が動いた。
 瞬く間に体が拘束され、口元は手で塞がれてしまう。なんとか声を張り上げようとするが、もがもがふがふがと頼りのない音にしかならない。
「待って待って。衛兵呼ばないで。怪し……くはあるけど、君に危害を加える気はないし、盗みに入ったわけでもないから。ね。ねっ」
 後ろからシェリーを拘束した男が、焦ったような声で早くでまくし立てる。
 危害を加える気もなければ、盗みに入ったわけでもない。それなら、この男はどうしてここにいるのだろう。単純に不思議に思った。相手の焦り方は本物っぽく、どうやら嘘を言っているわけではなさそうだ。
 それにしたって、このままでは会話も成り立たなくてどうしようもない。暴れるのをやめて、無言で離せと訴える。これで離してくれなければ、口を塞いでいる手をかじるしかない。が、できれば乱暴なことは避けたい
 けれど、そんな最終手段に出る必要はなかった。
 こちらの無言の訴えを汲みとったのか、男は拘束していた手を離すと、シェリーを完全に解放した。
 驚いて、思わず相手を見つめる。ここで再び衛兵を呼ぶために叫ぶとは思わなかったんだろうか。それとも、そうなったらなったでどうにかなる、ということだろうか。
 どちらでもいい。それよりも気になることがある。 
「あなたは誰? どうしてここにいるの?」
 バルコニーの塀を背後にして立ってそう呟けば、男は小さく目を見開いた。そのままシェリーを見つめて一瞬固まる。そんなに驚くような質問だっただろうか。至極当然な質問だと思うのだけれど。今なら衛兵を呼べそうな気がしたけれど、なぜだかそうしたくなかった。何かが起こりそう。そんな予感がした。
「俺はアルフレッド。語り部だ。街で噂の囚われのお姫様を見物しに来た」
 語り部。
 それは、世界を旅して嘘八百を並べ立てる者たちの名前だった。何度か父が招いたことがあったが、あまりにも非現実的な話や、以前に御伽噺として本で読んだことがある内容ばかりで、ちっとも面白くなかった。
 危害を加える気が本気でないのなら、お引取り願おう。わざわざ引き止めることもない。
 残念だ。そう思っている自分にシェリーは首をかしげる。何をがっかりする必要があるのだろうか。ただの好奇心が少し強いだけのつまらない男が侵入した、それだけじゃないか。
「ま、嘘だと思うかもしれないが、嘘を語るのは俺の信条に反するからな。俺の口から出る言葉は全部本物だ」
 ……全部、本物?
 ほとんど男を追い出すつもりでいたシェリーの思考は、男の言葉によって真っ白になった。
 語り部の言葉なんてすべて嘘。だって、本に書いてある物語と同じ。そうじゃ、なかったの?
 確かめないといけない。確かめないと気がすまない。胸のうちに、何かが湧き上がってきて抑えきれない。
「語り部さん。それがホントなら、私に語ってください。あなたの見てきた世界のことを。私が満足するまで」
 長い夜になりそうだ、男の言葉が真実ならば。

/

 事実、男の言葉は真実だった。
 語られた物語は、屋敷にある山のような本を読みつくした少女も知らないものばかりだった。
 血湧き肉踊るような冒険譚ばかりではない。日常のちょっとした面白いできごとから、劇的な恋愛物語まで。種類は多岐に渡っていて、ちっとも飽きることがなかった。
 もっともっととシェリーがねだるうちに夜が明け、さすがにそろそろ男が捕まってしまうというところまで粘りに粘って、その上、次の約束も何とか取り付けたところで、シェリーはようやく男を解放した。
 中天は当の昔に過ぎ、夕方近くになっても、まだ夜の興奮が冷めない。今日はずっとうわの空で女中たちが熱でもあるのかと心配し始めてしまった。確かに熱はある。夜通し聞いた話の数々。その素晴らしい物語の海の中で、シェリーの体は燃えるように熱くなっていた。昨夜、語り部の男と出会ったあの時から、まったく眠っていないのだけれど、眠気はちっとも訪れない。むしろ興奮で冴え渡っているぐらいだ。
 あぁ、また物語が聞きたい。新しい本物の物語が。
 あの語り部は今度はいつ来てくれるだろうか。そういえば、いつまでこの街にいるのだろう。街を出る前にもう一度くらい立ち寄ってくれるだろうか。それとも、もう街を出てしまっただろうか。なら、

 いったい、次はいつ戻ってくるのだろうか

 そう思った瞬間、シェリーの体からサーッと血の気が引いた。
 いつ、いつだろう。次に会えるのは。次にあの感動を味わえるのは。
 世界は広い。広すぎるぐらいだ。すべてを巡るには人の一生はあまりに短い。
 なら、あの男が次にこの街に来る日なんて来ないんじゃないか。

 シェリーはいてもたってもいられなくなって、部屋を飛び出した。
 部屋を出たところには誰の姿も見えない。15年間部屋を出たことがないという事実は、衛兵や女中たちの気を緩ませるには十分だったらしい。まさか15年も引きこもっていたお嬢様が、勝手に外にでることなんてないだろう。とでも思っているのだろう。
 確か、こっちに裏口が。
 そう思って、階段を下った先に、女中に持ってこさせた屋敷の地図に書かれた通りの扉があった。こちらは裏庭に通じているはずだ。庭師が使っているのだろうか。扉の直ぐ側に外套がかけてある。
 さすがに部屋着に近い格好のままで街に出ればたちまち不審がられてしまうだろう。壁に掛けられた外套を引っ掴むと、部屋着に近い服の上から被る。少し大きいが、好都合だ。姿が隠しやすい。
 すっかり外套を被ったところで、裏口の扉を開くと、屋敷の出口に向かって、全力で駆け出した。
 行き先はあまり考えていなかった。
 語り部の男に会えればいいが、会えない可能性も捨てきれない。それでも、構わない。
 あんなにも輝いている外の世界の話を聞いて、あのまま屋敷の中に篭っていることなんてできない。
 でも、こんなことなら泊まっている宿くらい聞いておけばよかった。街の地図は見たことがあったけれど、どこに行けば男に会えるのか検討もつかない。
 あてもなく走り続けていると、近くで男たちの怒号が聞こえた。どうやら、抜け出したのがバレたらしい。衛兵たちがシェリーを探しまわっている。が、当のシェリーの眼前を通り過ぎていくばかりだ。慌てて飛び出してきて、一部の女中しか顔を知らないのを忘れているらしい。間抜けにもほどがある。
 とはいっても、あまり街の中に長いはできなさそうだ。今は混乱状態で間抜けな醜態を晒している衛兵たちも、次第に落ち着いて捜索に取り掛かり始めるだろう。そうなれば、見つかるのも時間の問題だ。
 もう日も暮れかかっていることだし、男のことはひとまず諦めて、街を出ようか。 そう思った瞬間、前方に昨日見た姿が現れた。
「お嬢様のところの衛兵?」
 どうやら、騒ぎ立てる衛兵たちの様子が気になって見に来たようだ。さすが本物の語り部だけあって好奇心の塊だ。
「私を探しているのよ」
 口元がニヤけるのを止められない。神様なんてものが実在するなら、この幸運にいくら感謝しても足りやしない。
「お嬢様……」
 げんなりとした顔で男がこちらを振り返る。
「お嬢様はやめてください。せっかく変装しているのに、バレてしまうじゃない。私はシェリー。ちゃんと名前があるんですから、名前で呼んでください」
 すまし顔でそう答えれば、ますます男が苦々しい顔をする。失礼なことだ。絶世の美女と噂の娘がわざわざ探していたというのに。
「なぁ、シェリー。お前、なんでこんなところにいるんだ?」
 だいたいわかってるけど、と顔に書いてある。それなら聞かなければいいのに。でも、それに対する不満より、これから先のことに対する喜びが勝って、ニヤニヤが止められない。
「決まってるでしょ。あなたと一緒に旅に出るの。あなたの見たものを私にも見せてください。話だけじゃなくて、ちゃんとこの目で確かめたいの」
 そう言うと、男が思いっきり頭を抱える。
「あのな、俺は危険な場所にも行くんだぞ。もしかしたら死ぬかもしれない」
「そんなことわかってます」
「飯にありつけないことも、寒空の下で野宿することだってある」
「我慢します」
「俺は誘拐犯にされるのは御免だぞ」
「うちの衛兵にバレたら、私が勝手についてきたことにすればいいし、何も知らない人には年の離れた兄弟ってことにしておけばいいのよ」
 ジト目で繰り出された質問はだいたい予想した通りのものだった。ここに来るまでの道のりで回答は考え済みだ。反対されることなんてわかりきっている。じゃなければ、衛兵たちが血眼になって探したりしない。
 それでも、それでも外に出たかった。
「はぁ」
 男がため息を一つ。
「わぁーかった。わかった。連れてきゃいいんだろ。連れてきゃ」
 納得したのか諦めたのか。たぶん後者だろうな。きっと外に出て後悔すればいいんだとか思っているんだろう。確かに大変なことはたくさんあるだろう。でも、それよりもまだまだ長い残りの人生を、あの狭い部屋の中で過ごし続けるほうがよっぽど辛い。それに旅の行方を考えると、不安よりも期待の方が断然大きい。
「んじゃ、そうと決まればさっさとこの街からずらかるぞ。ずいぶんと熱心に探されてるみたいだしな」
 そう言うと、男はシェリーの手を取って駆け出した。
 まずはどこに連れて行ってくれるのだろうか。次は燃え盛る火山を見に行くと行っていたからそこだろうか。それとも、シェリーが付いて行くからと別の場所にするのだろうか。
 まぁ、なんだっていい。残り時間はまだまだある。今まで生きていた時間の倍じゃ済まないくらいに。それだけあれば、昨夜聞いた物語分くらいは、この目で確かめることができるだろう。この先何が待っているのか想像もつかないけれど、それはきっと、今までは考えたこともなかったような素敵な景色に決まっている。

END


書き上がったぁぁぁぁあああ!!
と思った瞬間の字数チェックで制限文字数越えで、思わず悲鳴をあげました。
なんとか制限内に収まりました(めそめそ)