創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて〜1000チャレ2

「宿も取ってあるし、車も借りれることになってるからさぁ。予定空けといてよ。てか、空いてるよな?」
 そう言って、健吾は浩一の逃げ道をつぶす。そうでもしないと、のらりくらりと誘いを断ることは明白だった。さすがに付き合いが三年を越えて、その辺りは慣れてきた。せっかくの夏にひきこもりはあり得ない。あわよくば、健吾も彼女の一人くらい作りたいところだし、そのためには、整った顔立ちの友人というのは、格好の女子の餌になる。見た目だけ無愛想な友人に対して、顔は対したことなくても気配りのできる自分。海でいいところを見せられれば、それから交際に発展することだってあり得ないことではない。いや、ぜひとも繋げてみせる。
 夏を満喫してやろうとする健吾とは対照的に、浩一の反応は冷ややかだった。頭を抱えて深いため息をつくと、
「宿取ってる間だけだからな」
 と、憂鬱そうな声で健吾に応じた。
「よっしゃぁ! そうこなくっちゃ。水着ちゃんと用意してくんだぞ! また、詳細連絡するわ」
 ガッツポーズを一つして、腕時計をちらりと見ると、もうバイトの時間まであまり間がない。別れの挨拶もおざなりに、上手く言ったことに胸弾ませながら、健吾は教室を後にした。
 海の予定まで一週間。滞在予定は三泊四日の四日間。その間にどんなことが待ち受けているのやら。大学生活初めての夏に、健吾の心は高揚するばかりだった。
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 期末テスト最終日から約一週間後。健吾から出発の前日になってようやく、明日から三泊四日で海という旨の連絡が届いた。直前に連絡しないと、逃げられるとでも思われているのか。失礼なやつだ。
 高校一年からの付き合いだから、出会って三年以上の時が経っているが、未だに健吾のことはよく分からない。人なつっこくて気の利く性格もあって、サークル内では気がつけば中心人物になっていたし、男女問わず、彼を慕う話はよく耳にする。特定の彼女がいたという話こそ聞かないが、それは、彼を狙う女子たちが互いに牽制し合って膠着状態になっている上に、健吾が好きになる女子はことごとく彼を恋愛対象にしないという彼の狙いの悪さにも原因があった。
 とはいえ、悪い評判のない、素直ないいやつ。それが、浩一の中での、健吾の評価だった。それゆえに、なぜ自分に健吾が付きまとうのかがわからない。長期休暇のたびに嫌がる浩一を、他の約束を蹴ってまで無理矢理外に連れ出して満足している。友達思いと言えば、聞こえはいいが、そもそもなぜ健吾のような人間が、浩一のような一人を好む人間の友達をやっているのか。理解に苦しむ。
 高校一年の頃は、それで距離を置こうと必死になったものだが、いくらやんわりと拒絶の意志を見せてもぐいぐいこちらに絡んでくる健吾に、浩一の方が根負けした。うっとうしいぐらいの好意だが、悪意は全くなさそうだから、なあなあで付き合いを続けていれば、まさかの大学の学部まで同じで、大学生活にも入り込んでくるとは思ってもみなかった。
 とはいえ、こちらが本気で踏み込んで欲しくない一線は越えてこないから、ある意味一緒にいて気楽ではあった。浩一の過去を一切知らないというのも、気安さに一役買っていたのだろう。それをありがたく思っていた。今日、この日までは。
 辿り着くまで行き先は内緒、といたずらげな笑顔を浮かべる健吾の運転で連れてこられた海水浴場は、浩一のよく見知った場所だった。
「……なぁ、なんでここなんだ」
 思わず健吾の口から不機嫌な声が漏れる。
「なんでって、今年の夏のガイドマガジンに『今、人気急上昇! 女子に人気の海水浴場』ってあったからだけど」
 さらりとそう言う健吾の様子に嘘はなく、本当にただの偶然らしい。
「なぁ、浩一なんか機嫌悪ぃけど、なんかあんの?」
「なんかっていうか、ここはーー」
「ーーこうちゃん?」
 浩一が重たい口を開いた瞬間、後ろから懐かしい女の声が響いた。

(1597文字)

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今日は途中から視点変えてみた