創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて〜1000チャレ3

 浩一が振り返ると、そこにはTシャツ、ショートパンツの上に海の家の名前が書かれたエプロンをつけた女が立っていた。驚きにそのまん丸の瞳をさらに丸くして、買い出し帰りなのか、両手にはスーパーのビニール袋を握りしめている。
「アキ……」
「やっぱり、こーちゃんだ! 帰ってたんだ。びっくりしたぁー」
 浩一が名前を呟くと、アキこと、岬アキラは嬉しそうに表情を輝かせる。
 浩一が会うのも三年半ぶりだ。少し表情は大人びたものの、太陽のように輝く笑顔は昔と変わらない。小学生の頃からトレードマークのおかっぱヘアーは、相変わらず一度も染められたことが無いようで、その漆黒の色がきらきらと太陽の光を反射していた。
「なになに。浩一、この可愛い子と知り合いなわけ?」
 アキとの再会に意識を取られて、すっかり存在を忘れていた健吾が、浩一とアキの間を割って入ってくる。その顔は、浩一とアキの関係への好奇心で満ちている。
「ただの幼なじみだよ」
「へー、浩一にこんな可愛い幼なじみがねぇ。てか、こんなとこで偶然出会うとかできすぎじゃね?」
 確かに、健吾の言うとおりできすぎた話だ。これが縁もゆかりもない海水浴場だとしたならば。
「ここ、俺の地元だから」
「えぇ? マジで?」
 健吾が心底驚いたといった表情を浮かべる。本当にこの海水浴場を選んだのは単なる偶然らしい。浩一自身も、確かに昔よく遊んだ海水浴場が地元にあるとはいえ、そこに連れて行かれるとは思ってもみなかった。
 ただ、連れてこられたのが、この海水浴場だと気づいたときから、予感はしていた。狭い田舎町のことだ。誰一人として知り合いに会わず、何事もなく帰ることは不可能だと。
「えっと、こうちゃんのお友達ですか」
 昔っから人見知りとは無縁のアキが、健吾に声をかける。
「そそ、高校の時からの付き合いで、今は同じ大学で、サークルも一緒。あ、名前言ってないよな。俺、佐藤健吾。けんごくん、でも、けんちゃん、でも好きに呼んでよ」
 気さくな態度で応じた健吾が、挨拶がてらと右手を差し出す。それを臆することなくアキが握り返す。
 初対面で同じことをされたとき、健吾の手を思いっきり振り払ったことを、浩一は思い出していた。それとはひどい違いだ。
「私、岬アキラです。アキって呼んでください。アキラって、男の子っぽいじゃないですか」
「アキちゃんね。よろしくー。てか、浩一の幼なじみってことは、歳変わんないでしょ。お互いタメ口で行こうよ。俺、固っ苦しいの無理なんだよねー」
 さっそく打ち解けた空気になった二人がワイワイと話しているのを、浩一は聞くともなしに聞いていた。
 視線は自然と海に向かう。
 すべてが変わってしまうきっかけになった海は、今日は優しい波を砂浜に打ち寄せるばかりだ。本当は猛獣の顔を持っているのに、今はそれをスッカリ隠してしまっている。
「こうちゃん?」
 不意に名前を呼ばれて、浩一は慌ててそちらに顔を向けた。
「こういちぃー。ぼぉーっとしてんじゃねぇよ。アキちゃん、店に戻るって」
「じゃあ、お店の手伝い終わったら、また来るね」
 そう言うと、アキは近くの海の家へと姿を消した。そういえば、両親が夏は海の家を経営していると言っていたのを今更思い出す。
「……つーか、またってなんだよ」
 そう言えばと、アキのセリフを反芻して、浩一は健吾を半眼になって問いつめる。
「え? 店の手伝いしてるっていうから、終わるのいつ? 終わったら遊ばない?って誘っただけだけど」
 何か問題が?と不思議そうに首を傾げる旅の友の目的は、そう言えば、女だったことを浩一は思い出した。さっき『可愛い子』と言っていたから、アキが健吾のストライクゾーンに入ったのだろう。彼女ができない意味がわからない自然なナンパだった。まぁ、幼なじみの浩一がいるから、誘いに乗ってくれる確率も高いと踏んだんだろうけど。
 浩一は大きくため息を吐いた。あまり、昔の知り合いと絡みたくなかったのだけれど、その望みからはどんどん遠ざかっていくようだった。

(1647文字)
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まだ今日も浩一サイド。明日は、健吾サイドに戻すか、アキサイドを入れてみるか。