創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて~1000チャレ6

 浜辺に上がり、アキの店の焼きそばをすすっている間も、浩一はなんだかそわそわして落ち着かない様子を見せていた。貧乏揺すりして、周囲を警戒しながら箸を動かしているかと思えば、海の遠い場所を見つめて、完全に動きが停止していることもある。健吾が焼きそばを食べ終わっても、浩一の皿の上にはまだ半分以上が残ったままだ。
「なぁ、宿とってるけど、今日の夕方には帰るか?」
 健吾としてはせっかくの夏休み、せっかくとった宿だから、きっちり楽しみ尽くして帰りたいところだが、あまりにも浩一の様子がおかしい。これを無視して自分だけ楽しむというのは、健吾の性格上無理な話だった。
「……」
 健吾の提案に、浩一は一瞬思案するように箸を止めた。その反応が意外だった。こんなにも落ち着かない様子をしているのだから、即答で帰宅の意志を示されるかと思っていた。
「いや、いい」
 浩一の胸のうちで、どんな葛藤があったのか、たっぷり黙考したのちに、彼は健吾の提案を否定する。
「ふーん、ま、俺はその方がありがたいけどね」
 浩一が何を考えているかはわからない。けれど、そうとなったら、全力で楽しまなければ損だ。明日の夜は海岸に花火も打ち上がる。それまでに、何人か女の子の連絡先を手に入れておきたいところだ。
「んじゃ、俺ちょっとナンパしてくるから」
 箸の遅い浩一を置いて、健吾は砂浜へと繰り出した。狙いは女の子だけのグループ。それも自分よりも少し年上だと思われる集団。人畜無害でピュアそうな笑顔を作りながら、健吾は彼女を作ろう計画を再び練り始めた。

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 健吾がナンパに行ってしまってからも、浩一はその場で焼きそばをすすり続けていた。なぜ、健吾の帰ろうという提案を断ってしまったのか、自分でも不思議だった。これ以上昔なじみに会いたくない気持ちと、海から離れても忘れられなかった思い出の炎が胸の中で争っている。会えるわけがない。そんなことは、あのとき、中学二年のときに戻ってきたときから重々承知している。それなのに、浩一の胸はチリチリと焼け付くように疼いていた。

「こうちゃん、一人? 健吾くんは?」
 どれほどそのまま考え込んでいたのだろうか。いつの間にか手元の焼きそばは空になり、太陽は中天を回って次第に西のかなたへと進み始めている。
 エプロンを外したアキがかき氷を三つ載せたお盆を手に現れたとき、健吾はまだナンパに勤しんでいた。
 脱力しながら、嬉々とした表情で女の子のグループに話しかけている健吾を指差せば、アキはしょうがないなぁ、とでも言うように肩をすくめた。
 健吾の表情が明るいのは、いくつか収穫があったからだろう。持ち前の明るさと気安さのせいか、初対面の印象はすこぶる良いと聞くから、順当なところだ。広くはないとはいえ、夏休みの大勢の海水浴客の中を踊るように進む健吾は、まだしばらく戻ってこなさそうだ。
「悪い、あいつが言い出したのに」
「いいよいいよ。結局、全然お昼のピーク終わらなくて、結構遅くなっちゃったし」
 食べる?とでも言うように、浩一が昔から好きなイチゴ味のかき氷をアキが差し出す。浩一はそれを無言で受け取った。幼なじみはこういうところをよく知られすぎていてどうにも気恥ずかしい。
 アキの方は、昔と好みが変わったのか、今日は気分が違うのか、いつもと違ってブルーハワイを手に持っている。もう一つは、健吾の水着と同じ色をしたメロン味だったが、こちらのことを忘れたように砂浜を行く彼の口に入ることはなさそうだ。

(1434文字)

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今のところ普通に現代小説っぽいけど、そのうちファンタジー要素入れていく予定です。