創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

呑めや遊べや極楽騒ぎ

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photo credit: IMG_1643-7D via photopin (license)

 ここは、どこだ?
 目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。辺りには霧がぼんやりとかかり、足元はフワフワとして心もとない柔らかな地面で、見上げれば雲もないのに真っ白な空が広がっていた。
 なんだぁ、ここは。変なところだ。
 ……あぁ、夢か。まだこれは夢か。確かに、ずーっと苦しかった胸の辺りやら辛かった呼吸がすっかりラクになっている。まさか突然治るということもないだろうから、なるほど、目が覚めたつもりが、まだ寝てるってことか。
 よく見りゃ服装も眠る前とは違っている。真新しい前開きのパジャマを着ていたのが、カッチリとしたジャケットにシャツにチノパンと、普段もあまり着ないようなよそ行きの格好だ。当然、着替えた記憶なんざないが、夢だとしたらおかしくもなんともない。
 そう考えれば、この周りの変な景色にも納得がいく。夢を見ていると分かっている夢なんぞ、今までほとんど見たことがなかったが、体が弱っちまった影響だろうか。まぁ、これはこれで面白いから楽しませてもらうことにしよう。
 まずは、辺りを探索するところから、と一歩足を踏み出せば、ぐしゃり、と何かを踏んだ感触があった。
 見下ろせば、周りに色とりどりの花が散らばり落ちていた。百合に菊に、こりゃピンクのバラか? よくわからない花も含めて結構高そうな切花が広がっている。
 おいおい、よく見たら靴履いてないじゃないか。靴下に踏み潰した花の汁が付いちまう。って、夢だから関係ねーか。
 それにしても、目が覚めたら──いや、まだ寝てるんだけど、そんなことはどうでもよくて。変な空間にいたことに気を取られて目についてなかったが、花のほかにもいろんな物が周りに落ちてるな。
 えっと、こりゃ、誕生日によく嫁が買ってくれた酒だな。中身がずいぶん少ないのが残念なところだ。お、こっちには一缶だけだが、好きな銘柄のビールがあるじゃねぇか。あと、こりゃチーズケーキ、か? そういや、つい最近見舞いに来た姉貴に、食いたいって言った気がするな。こっちは、ドクターストップかかるまで吸いまくってたタバコ。それに、一番気に入ってかぶってた帽子っと。おいおい、寝室で大事に保管してた機関車の模型までかよ。それにこれはメガネか。そういや、メガネかけてないのに、ぼやけてねぇな。夢だからか?
 目覚めた場所の周囲を探ってみれば、なんだか自分の気に入ったものばかりだ。夢は深層心理の現れらしいが、こりゃなんの願望だ? 病院暮らしが長くなったから、そろそろ思う存分好きなことしたいってことか?
 まぁ、いい。せっかくだからビールと酒とタバコは持っていくとして、そのあたりを見て回ることにしようじゃないか。
 歩きながらも、プシュッと缶ビールの口を空けて一口。あぁ、久々のビールはやっぱうめぇなぁ。せめてもう二缶ぐらいありゃ最高だったんだが。まぁ、少ないながらうまい酒もあることだし、がまんするかねぇ。
 そんなことを考えながら進んでいると、前方からこちらに近づいてくる人影が現れた。人数は二人。背丈はそんなに高くないが、たぶん大人。この夢で初めて出会う自分以外の人間だが、いったいどんなやつらだろうか。
 期待半分、緊張半分でこちらからも近づいていく。顔が判別できる距離まで辿り着いて、はたと気がついた。
 相手は、2ヶ月前に死んだ自分の父親のじじいと、20年以上前に死んだ母親のばばあだった。ばばあの方は死んだときのままらしく──いや、じじいもそうなんだろうが、なんせ死んだのが数ヶ月前だから変化もくそもない。それと比べりゃ、20年以上差のあるばばあは、じじいよりもずいぶんと若々しく見える。
 それにしたって、夢でじじいとばばあに会ったところで話すことなんざ何もねぇぞ。なんだ、夢枕とか言うやつか。ただでさえ、じじいが死ぬ前は、喧嘩になるのが嫌でじじいのことを避けまくってたから、なんかこう気分がモヤモヤしてしょうがねぇ。
「……こんの、大馬鹿もんがっ!!」
「はっ?」
 心の中で小さな罪悪感に見舞われてたら、突然にじじいに怒鳴られた。手の出るタイプの親じゃあなかったからか、握り締めたコブシが振るわれる気配はなさそうだが、ずいぶんとご立腹の様子だ。わけがわからねぇ。
「親より先に死ななかっただけマシなもんじゃが、こんなに早くこっちに来てしもうて! まだまだ、やることあったじゃろが! なんでじゃっ! なんでじゃ……」
 じじいの方は、こちらがわけがわからないのもお構いなしに、なんやかんや喚いて、それから急に泣き崩れた。え、ちょ、待てよ。本気でわけがわからんのだがっ!
 その場にしゃがみこんでしまったじじいを、ばばあが支えてて、ばばあの方も若干涙ぐんでいる。
「なぁ、おい、意味がわかんねぇんだけど。こっちに来たって、そもそもここ、どこなんだよ。わけわからねぇこと言って、勝手に泣いてんじゃねぇよ。胸くそ悪りぃ」
 混乱してるせいか、口が悪い。しまったな。夢とはいえ、邪険にしまくってた父親にこんな口汚く話すんじゃなかった。
 悲劇の主人公みたいになってたじじいとばばあが、呆れたようにポカンとした顔でこっちを見ている。なんだよ。余計に罪悪感を感じるだろうが。
「お前、わかってないんか?」
 ぽつり、とじじいが聞く。
 わかってない、って何がだよ。
 心の中で思ったことが顔にも出ていたのか、じじいがしゃぁねぇやつだな、みたいな顔して口を開いた。

「お前、死んだんじゃぞ」

「はぁ?」
 今度こそ本当に邪悪な声が出た。これはあれだ、因縁つけられたときに睨み返す用の声じゃねぇか、親に使う声じゃねぇぞ。
 いや、それよりも重大なことがある。死んだ。死んだってなんだ。じゃあ、ここは死後の世界ってやつってことか。いや、それとも今まさに死にかけてるからこんな夢を見てるってことか。
 確か肺炎だったか。意識失う前に診断されたのは。それが悪化したってことか。肺炎ごときに対抗する力すら残ってなかったのか、この体には。
 嫌な感情がぐるぐるぐるぐると脳内を駆け巡る。なんと返したらいいのか分からない。夢なら覚めてくれ、そう願っても目は覚めない。目の前では、ばばあが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「……ほんとに、俺は死んだのか?」
 ぽつりとこぼれた言葉が真っ白な世界に吸い込まれていった。じじいもばばあも無言だった。
「そっか、死んじまったか。そうか」
 ラクになったはずの胸がシクシクと痛む。こんなはずじゃあなかった。100歳で大往生で死んだじじいほど長生きできるとは思ってなかったが、それでも、この病院で死ぬとは微塵も考えていなかった。退院したら、山ほどやることがあるんだ。じじいの納骨も相続の相談もしなきゃならんし、元気になったら町内会にも顔を出さにゃならん。確かに、じじいを送り出して、一仕事終えた気分ではあったけれど、それとこれとは別問題だ。
「死ぬなんて思ってなかったんだねぇ。アタシもそうだったよぉ。でも、仕方ないよねぇ。これが自分の寿命だったんだから」
 ばばあの優しい声が胸にしみた。ガキにするみたいに頭をなでられているが、それがむしろ心地よかった。
「まぁ、死んじまったもんはしょうがない。どれだけ願ったところで生き返りやせん。現世と違ってお浄土は何もかもが自由じゃ。酒もタバコもな。思う存分楽しんだらええわい」
 いつもは腹の立つじじいの言葉も、今日はなぜかスッと耳に入ってきた。
 振り返れば、散らばる花が見える。よくよく見れば、それは先々月のじじいの葬式で見た花によく似ていた。
 手元には先ほどその花の中から拾い上げたビールと酒にタバコ。あぁ、そうか、これは棺桶に入れて一緒に燃やされた物たちか。もう思う存分呑んでもいいし、タバコ吸ってもいいってことか。
「ほれ、この模型とチーズケーキ、それから帽子も持ってくぞ。せっかく入れてもろうたんじゃから」
 じじいが花の山から残された品物を拾うと、すたすたと元来た方角へと歩き始めた。
「さぁ、お前も一緒に行くよ。あっちに集落みたいなところがあってねぇ。そこでみんな気楽に暮らしてるからさぁ」
 そう言って、ばばあもじじいの後に続く。
 死んじまったもんは、しかたねぇ、か。確かに、酒飲み放題に、タバコ吸い放題。それで体調を崩すこともない。それは喜ぶことなんだろうさ。
 さすがにすぐに開き直れるほど、突然死んじまったことは生易しいショックじゃなかったが、それでも、前向きにならんとどうしようもねぇ。じじいの言うとおり、いくら願っても元通り生き返ることはできねぇんだから。

 ま、せいぜいここでの暮らしを楽しませてもらうとすっか。

 グイッとビールを飲み干すと、ずいぶん先に行ってしまったじじいとばばあを追いかける。
 嫁がこっちに来るまで数十年。子供らはさらにもっと先。仕方がねぇから、喧嘩ばかりだったじじいに付き合ってやろう。親の前に死ぬって言う最大の親不孝をしなかったってのだけが親孝行だったのだから。死んでからぐらい仲良くして、ばばあに喜んでもらうとしよう。
 それで、嫁や子供らが来たときに自慢してやろう。死んでからはちゃんと親孝行してたぞってな。

 

(おまけ)
男「そういや、なんで俺が来るってわかったんだ?」
爺「身内が来るときは、阿弥陀さんが教えてくれるんじゃ」
婆「おじいさんのときも、教えていただいたんですよ。まさか、次がこんなに早いとは思いませんでしたけど」
男「そんなら、俺も嫁や子供らのときは、それがあるってことか」
爺「まぁ、お前の場合、30年は後だろうがな。嫁さんはお前と違って健康的な生活で長生きするだろうしな」
婆「まぁ、まぁ、おじいさん。お浄土で親子喧嘩は無しですよ」
爺「おぅ……すまんすまん」
男「(じじいは、死んでからもばばあに頭あがらねーんだな)」

 


 4月に祖父。この6月に父、と立て続けに家族を亡くしまして、胸のうちに色々とたまっているものを吐き出した一作。

事実2割くらいの感覚で仕上げてみました。残りは妄想たっぷり、ちょこっと実際と違う設定。死後の世界があるならば、こんなんだったら良いなという想いを詰め込みました。
このあと、他の住人たちとどんちゃん騒ぎして楽しく過ごしてくれてたら嬉しい。

まぁ、私は今まで生きたのの倍くらい生きてから旅立つ予定なので、まだまだ先になりますが、それまで祖父も父も楽しく過ごしてくれればと思います。

 

あ、登場人物の口調は全然実際と違います。そもそも関西弁なので(笑)