創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて~1000チャレ18

 後で聞いたところによると、その日は大潮に当たる上に、遥か彼方の海上を台風が通っていて、天気はいいのに波はずいぶん高かったらしい。遊びに夢中だった三人は、いつもと違う海の様子にもまったく無頓着だった。
 だから、その瞬間、何が起こったのか、すぐにはわからなかった。
 陽が傾き始め、そろそろ晩御飯の時間で帰らないと、と思ったことだけをアキは覚えている。
「しげちゃん、こーちゃん、そろそろ帰ろ……え」
 岩場の上でもすぐ海のそばで小さな蟹を追いかけていた浩一の後ろに、高く高く波が上がる。思わず手を伸ばすが、アキが立っていた場所は浩一に届くには遠すぎた。
 掴めなかった手が空を切る。
 波が浩一を飲み込む。引きずり下ろす。連れ去ってしまう。
 コマ送りで覚えているその情景を、アキは一生忘れられそうもない。
 ほんの一瞬だった。何をすることもできず、アキも、茂も、呆然と浩一が飲まれていった海を見つめていた。浩一は悲鳴を上げる暇さえなかった。
 少し時間が経って、ようやく最初のショックから立ち直った二人は、そろそろと岩場の隅に足を運ぶと、浩一が飲み込まれていったであろう、岩場の下の海を覗き込む。そこには、波が飛沫を立てて打ち付けるばかりで、人が落ちた形跡は何もなかった。

 そうして、浩一は、三年帰ってこなかった。

//

「三年?」
 食い入るように話を聞いていた健吾が、アキの言葉を反芻する。
「そう、三年。ある日突然、砂浜に打ち上げられているのが見つかって。見つかったとき、私たちは中学二年生になってたから、私たちも浩一のことがわからなかったし、浩一も私たちのことが上手く認識できないみたいだった。ちょうど子ども成長期だから、見た目がお互いずいぶん変わってたの」
 そのときを思い返しても、今ではほとんど何も思い出せない。びっくりしたことと、どう接すればいいかわからなかったこと。思い出せるのはそんな曖昧な感覚だけだ。
「それに、浩一はその三年のことを覚えてなかった。波に飲まれて、目が覚めたら三年後。そういう感じだったみたい」
 大人たちは何度も何度も浩一に何か思い出せないか尋ねたけれど、一向に期待する答えは返ってこなかった。浩一の両親は息子を心配して医者に何度も見せたけれど、効果はなかったようだった。
「そのときからなの、浩一が変わっちゃったのは」
「波に飲まれて三年後、戻ってきたら人が変わってしまった、か」
 あの三年に何があったのか、今でもアキや茂、浩一の両親は知りたがっている。でも、当の本人である浩一は、思い出したくないのか、思い出せないのがもどかしいのか、逃げるようにこの町を去って、寮のある私立の附属高校へ行ってしまった。
「小学校から三年間の勉強が抜けてるから、なんとか、中学は卒業ってことになって、そのあと二年必死で勉強して、寮のある秀和学園に入ったの。たぶん、この町から離れたかったんだろうね」
「え、待って、アキちゃん、二年勉強して?」
 浩一から聞いていなかったのだろうか、健吾が話の中で一番驚いた声を上げる。
「うん。あれ? こーちゃんから聞いてない。こーちゃん、高校二年間浪人してるんだよ」
「つーことは、アキちゃんも、浩一も、二個上……?」
「えっと、健吾くんが現役ならそうなる、ね」
「はぁ……あのやろー」
 アキの言葉を聞いて、健吾が脱力したように唸る。どうやら、本当に何も聞いていなかったようだ。その秘密主義っぷりは、海から戻ってきた後の浩一を考えると、妥当な感じがした。

(1435文字)

----------------------------------------------------

というわけで過去編アキ視点終了。一旦区切り良くしてまとめたい。