創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

雨女のち晴女──のべらっくす第9回

月一定番企画参加です。

novelcluster.hatenablog.jp

今回のテーマは「雨」 
サブテーマがちっとも決まらず、久々にネタ出しで四苦八苦。
落ちも振るわず1回ガバっと書き直しました。楽しんでいただけると幸いです。

 

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photo credit: Rain dance for a friend in the Midwest via photopin (license)

「雨女のち晴女」

 今日もまた雨が降る。
 漆黒の空を見つめる少女の口から、暗いため息が零れ落ちた。

 花見。動物園。海水浴。ぶどう狩り。スキー場。

 家族でどこかに出かけようとするたびに、雨粒がそれの邪魔をした。

 入学式。体育祭。遠足。修学旅行。文化祭。

 ハレの行事のはずのイベントも、空から落ちた水がすべて押し流してしまった。

 いつしか少女のあだ名は「雨女」になり、授業以外で本名を呼ばれることは、ほとんど皆無になった。
 そして、最後には雨だけが友達になっていた。

/

 落雷がたびたび外の夜闇を明るく照らし、暗い室内に光を投げかけていた。そのたびにセミナールームの正面に吊るされたスクリーンがチカチカと点滅して、上映中の古風な白黒時代劇の情景が揺らぐ。白黒だからこそ現代の映画とは違う趣深さを感じながら、食い入るように画面を見つめていた水希は、思わず眉をひそめた。
 ただ、そんなことを気にしているのは、水希ぐらいのようだ。周りに座るクラスメイトは、あくびをかみ殺しながらスマホの操作をするのに忙しいらしく、誰もスクリーンに目を向けていない。稲妻がなるたびにキャアと叫ぶ女子の声だけがイヤに明るく響き渡るが、それもすぐに静まって、退屈などんよりとした空気がセミナールームを満たしてしまう。
 時折、つまんねー、とか、誰だよこの映画選んだやつ、とか、教師たちには聞こえない小声の文句が周囲で囁かれたが、それも窓の外の豪雨にすぐかき消されてしまった。
 そもそも当初の予定はこんな古臭い映画を見ることではなかったのだ。
 我が高で人気の高校一年の課外合宿。基本は山に篭って行う二泊三日の勉強合宿なのだが、二日目の夜が他校生にも羨ましがられる人気イベントになっている。山の麓で行われる花火大会と日程を合わせ、宿泊施設に併設された展望台からゆっくりとそれが眺められるという寸法なのだ。
 当然、今年もそれを楽しみに、生徒たちはこの合宿に参加している。それが、山中の宿泊施設に辿り着いた頃から雲行きが怪しくなり、二日目である今日の朝には、どしゃぶりを通り越して大嵐になっていて、花火大会は天候が落ち着くであろう三日後に延期されてしまった。
 それで、代替イベントがこの映画鑑賞なのである。もう少し生徒に人気の映画であれば、ここまでだらけ切った空気にはならなかったのだろうが、映画をチョイスしたのが学年主任である定年前の教師で、思いっきり自分の趣味丸出しだったがために生徒たちからは非難の嵐が巻き起こった。
 だが、非難したところで別の映画に切り替えることもできず、いっそ勉強会にするか!と朗らかに教師が言い始めたので、文句を言っていた生徒たちも渋々引き下がった。
 映画もクライマックスが近いようだ。悪代官に連れ去られたヒロインを救出するために、主人公が単身屋敷へ乗り込み、そこで大立ち回りを繰り広げている。間違いなくヒロインが救い出されて大団円なのだろうが、それでもつい食い入るようにスクリーンを見つめている自分に気づいて、水希は前のめりになっていた体勢をこっそり元に戻した。
 いけない。これではまた目立ってしまう。ただでさえ悪目立ちしているのだ。
 あの噂のせいで──

 天宮水希は雨女。

 中学の同級生たちがそう騒ぎ立てて、一瞬で高校の間にその噂が広がった。学力と金銭的な問題で、地元の高校に通わざるを得ないと分かった瞬間から諦めてはいたけれど、その噂の効果は中学時代の非ではなかった。
 話題の人物になる、ということは、その内容の良し悪しに問わず、目立ちたがり屋の生徒にとっては目の上のたんこぶでしかないらしい。
 噂が広がり始めてすぐに、水希は無理やり校舎裏に連れ出され、化粧やアクセサリーで着飾った茶髪の数人の女子たちに囲まれた。
「ブスが調子乗ってんじゃない」
「せっかくの入学式が台無しだったのも、あんたのせい? サイテー」
「責任取りなさいよ。雨女」
 彼女たちの口からは、見た目からは想像もつかないような暴言の数々が飛び出し、その上、調子に乗った罰と称して、学校近くを流れる川に鞄を投げ捨てられた。
 なんとか鞄を川から拾い上げてからのことを、水希は覚えていない。
 それよりも翌日からが地獄だった。
 新しくできた友人たち、中学時代の顔見知り、以前は挨拶やちょっとした会話ぐらいは交わしていた者たちが、揃って水希のことを避けた。水希が声をかけても聞こえないフリをして応えない。先生も異質な空気を感じ取ったのか、席順や名簿順のような避けようのないとき以外は、授業中ですら水希をいないものとして扱った。ときには、一人だけテストが返却されなかったこともある。
「ねぇ、体育祭もやっぱり雨で延期しまくったよねー」
「これじゃあ、文化祭とか修学旅行もヤバくない?」
「あー、でも、冬のマラソン大会は中止なるしラッキーじゃん」
 始めは動転していた感情も、日に日に凍りついたように動かなくなったが、ときおり聞こえるか聞こえないかの小声で囁かれる悪口だけが水希の存在を認識していて、透明人間な気分を打ち砕いた。
 そして、雨は最悪の敵になった。

/

 映画が終わると、グループごとに分かれたロッジでの自由時間になった。嬉々とした表情でセミナールームから去っていく同級生とは対照的に、水希はロッジに戻りたくなかった。
 ロッジのグループは、クラスの女子のリーダー格とその取り巻きたちで、戻ったところで悪口のサンドバッグになると簡単に想像がついた。
 ギリギリまでセミナールームで粘り、重い足をひきずって、かたつむりのようにノロノロとロッジへと足を運ぶ。それでも、対して広くない敷地内にあるロッジには、ほんの数分で辿り着いてしまった。
 窓からは室内の明かりが漏れ、少女たちの甲高い声が外まで響き渡っている。水希がいないことなど気にも留めないで、やれクラスの誰がカッコいい。やれあの先生は汗かきで気持ち悪い。やれ彼氏が付き合ってみたらイマイチだった。やれバイト先の店長がウザい。などなど中身のない話が繰り広げられている。
 これなら、昨日みたいにさっさとロッジに入って部屋の隅で寝てしまえばよかった。そうすれば、何を言われようとも気にせずに済んだのだ。だが、今さらこっそりと中に入ったところでベッドに辿り着く前に言葉のリンチに遭うに決まっている。
 仕方がない。夏場だから風邪を引くこともないだろうから、雨風をしのぐためにロッジの中には入って、目立たない廊下の片隅で寝よう。
 そう思って、水希は意を決してロッジの玄関ドアを開けようとした。
 ガチャ。ガチャ。
「え」
 ドアノブを何度捻ろうと、扉が開かない。中から鍵をかけられたらしいと気づいたときには、ドアの向こうに人が集まる気配があった。
「帰ってくるのが遅いから、別のロッジに行ったかと思って閉めちゃった」
「雨女なんだから、お友達の雨と一緒に夜をすごしたら?」
「それとも、恋人なんだっけ?」
「どっちでもいいじゃん。一緒の部屋とか辛気臭くて嫌んなっちゃう」
「部屋の中まで雨が入ってくる気がするよねー」
「それ分かるー」
 室内で下世話な笑い声が響くと、水希が抗議の声を上げる間もなく、集まってきた女子たちは再びベッドのある部屋へと引っ込んでいった。
 再び、部屋の方から取りとめもない会話が聞こえ始める。もはや、誰一人として水希のことを気にしている気配はなかった。
 途方に暮れた水希は、ロッジの軒下で雨から逃れるように膝を抱えて座り込んだ。雨交じりの生暖かい風が吹いて、水希の服を濡らしていく。気温は高いはずなのに、雨に体温を奪われて、寒気を感じるようになってきた。
 室内の笑い声もいつしか途絶え、部屋の明かりが消えて周囲の闇が深くなる。もはや外灯の明かりがかすかに辺りを照らすのみだ。
 虫の声すら聞こえない闇の中は、昼間とは違ってオドロオドロしい雰囲気を醸し出している。
「雨なんて嫌い……」
 相変わらず鳴り響く雷に、弾丸のような豪雨の中、水希は寒さと恐怖に震えながら小さく涙を零した。
 
/

 気がつけば、真っ白な世界にいた。どこもかしこも薄いベールがかかったように、ぼんやりとした世界。
 濡れたはずの服は乾き、体の震えもぴたりと止んでいる。膝を抱えたまま意識を失っていたのに、体の痛みもなかった。それどころか、周囲の景色と同様に体の方もフワフワとおぼつかない。
 雲の中にいるみたいだ。
 水希は、普段と違ってふわりふわりと揺れる体を持て余しながら、当てもなく歩き始めた。なんだか、体と一緒に心まで軽くなった気分だ。今は何もかもがどうでもいい。ただ、このフワフワと流れるがままに任せてみたい。
 トン、と軽く足を蹴れば、体に羽が生えたように軽々と宙に浮かび上がった。そのまま、霧の中を進む。
 世界はどこまでも真っ白で、前に進むたびに頭の中のモヤモヤがポロポロと剥がれ落ちていく。

 自分が一番人気でありたいがために、水希を貶める少女。
 その少女に気に入られたくて、水希の悪口を言いせせら笑う取り巻きたち。
 彼女たちに目を付けられたくないがために、水希を無視するクラスメイトたち。
 それから、その流れに逆らう勇気のない教師たち。

 ひとりひとりの顔が浮かぶたびに、体からこぼれ落ちていく。

 雨が降るからなんだというのか。
 降らせたくて降らせているんじゃない。
 止められるものなら止めている。
 そんなの関係ないじゃないか。

 ふつふつと水希の中に、怒りと勇気が交じり合った熱が沸き上がってきた。

 もう、黙ってなんかいない。理不尽に負けない──

 その想いの熱のまま、白い空間を抜ける。

 一瞬、目がくらむ。めまいのするほどの熱さが体を焦がした。
 水希が目を開けると、眼前には雲ひとつない青空と、輝く太陽の光。眼下には水希の住む街が広がっていた。
 背後から聞こえるザァーという音に振り返ると、水希から剥がれ落ちたモヤモヤたちが、雲の中から雨となって溢れ落ちていった。もう二度と、水希の元には戻ってこないだろう。
 その雨雲も先を急げと言うように、アッという間に遥か彼方へと流れていき、あとには快晴の青空と雨上がりにきらめく街があるだけだった。
 目を閉じれば、まっさらになった心の中に、確かな熱が宿っているのを水希は感じていた。

 

 

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高校の頃、学習合宿っていう缶詰で勉強する泊まりのイベントが夏休みにあって、それの目玉が山の上から見下ろす花火大会だった。で、作中と同様に雨(どころか嵐)で中止になり、映画鑑賞となった思い出から着想。
ちなみに、宿泊場所は延暦寺宿坊で、花火大会は琵琶湖花火大会。映画は古臭い時代劇一択ではなく、三択で私は「ローマの休日」を見た。ほかの2作品は覚えていない。
水希みたいな雨女か雨男がいたのか、入学式とかのイベントで雨が多かったのも実話。中学時代は違ったので私ではない(はず)。

憂鬱な雨のシーズンがパァッと明るくなれるような話を目指してみました。
が、なんだか暗い話になってしまった。オチで明るい気分にさせることはできたでしょうか。