祭りばやしの外の外──のべらっくす第11回
毎月恒例短編小説企画。今回のお題は「祭り」
この短編の中で物語が完結するように、を今回の裏テーマにして頑張ってみました。
自分自身があまり祭りの思い出がなくてネタからしてだいぶ困りました。
こんなに筆が進まなかったの久々だよ!(おい)
とりあえず、祭りほとんど関係ねぇな。うじうじしたカップルの物語です。
photo credit: Heading towards the shrine via photopin (license)
「祭りばやしの外の外」
最悪だ。
帰ってくる気なんてなかったのに。
東京の大学に入学して以来、一度も帰ってこなかった実家に、未奈は六年ぶりに戻ってきていた。
シルバーウィーク。世間はくしくも連休によるラッシュ。そんな人混みの中を、未奈はハラハラとしながら電車に乗って、ここまで辿り着いた。
数日前、母からメールで、父が危ない、危篤状態と聞いて、慌てて駆けつけたのだ。
だというのに、実家に帰ってみれば、父はピンピンして家庭菜園に勤しんでいて、母のメールが、未奈を実家に呼び戻す方便だったと気がついた。
「だって、みーちゃん、大学入ってから一度も帰ってこないでしょ。まぁ、婚約者連れて、娘さんを僕にください、ってことをやるときには戻ってくるかなぁ、って思ってたんだけど、それも全然でしょ。確かに今回は嘘ついちゃったけど、それがいつ本当になるかわからないじゃない」
そうまくし立てる母から、いつもの番茶となんだか高級そうなゼリーが出てくる。たぶん、お中元でもらったか何かだろう。
「はいはい。わかりましたよ。これからはちゃんと年一回ぐらいは帰ってくるから。だから、もう嘘つくのはやめてよ。本当のときにも嘘だって思うじゃない」
「オオカミ少年みたいに?」
「そーいうこと」
もごもごとゼリーを口に運びながら、未奈は母と会話を交わす。六年ぶりだというのに、それにはちっともぎこちなさなんかなくて、あぁ、やっぱ家族なんだなぁ、と思う。
「そうそう、みーちゃん。久々に神社のお祭に行ってきなさいよ。浴衣、出してあげる。サイズ変わってないでしょ?」
「えぇー、いいよぉー」
やっぱり言われるか、そう思いながら、未奈は不満気な顔を作る。これがあるから嫌だったのだ。秋のこの時期は特に。
「どうして? 久々にお友達にも会ってきなさいよ。お隣の隆志君、実家は出たけど、まだ近所に住んでるのよ」
母がなんと言おうと、嫌なものは嫌だった。どうしても思い出してしまうから。あの夏のことを。
人生最高の日と、人生最悪の日を。
//
今年もこの日がやってきた。
地元の神社の祭り。
待って。待って。待ち続けて今年で六年目。
毎年、今年こそはと意気込んで、でも、その機会は訪れなくて、隆志は無念のため息をついてばかりだ。
今年も無念が晴れることはなさそうで、すでに、心の中は後悔の嵐が吹き荒れている。なにせ、待つのも今年で最後だ。それでも、運命のいたずらにかけて、隆志は、祭りに出かけるつもりだった。
クローゼットから浴衣を取り出す。あの頃とは体格が変わってしまって、同じ柄の浴衣を買い替えたものだ。それを眺めていると、自然と隆志の心はあの頃へと遡っていった。
//
あの日も、秋の始まりを告げるような風が、境内を吹いていた。
地元の神社で毎年秋の始めに行われる祭り。その会場となる場所から少し離れた場所で、未奈は隆志と向き合っていた。家が隣の隆志とは、なぜだか学校のクラスもずっと同じで、そのせいで随分周りにからかわれた。
でも、来年で中学も卒業。志望校は同じだけれど、これからの受験結果次第では、初めて別々のところに通うようになるかもしれない。それは、そんな秋の始めのことだった。
「未奈、ちょっといいか」
いつも通り友達と神社の祭りを訪れた未奈に、隆志が声をかける。その表情はどこか焦っているような不安があるような感じで、未奈は不思議に思いながらも、彼とともに祭りの会場から離れていった。送り出す友人たちがやたらと顔をニヤけさせていたのを、今でも覚えている。
辿り着いたのは、神社の分社の辺りで、さすがに祭りの夜には人っ子一人いない。石造りの狛犬が、はるか中空を見つめているだけだ。
「ねぇ、何か用なの」
お腹も空いたし、早く祭りに戻りたくて、未奈が隆志を急かす。
「いや、えっと」
「何?」
「ちょ、ちょっと待って、心の準備してるからっ」
隆志は、そう言うと、大きな深呼吸を、ひとつ、ふたつ、みっつ。
それから、両手でバシン、バシン、と自分の両頬を二度叩くと、スッと真剣な表情になった。
空気が張り詰める。
未奈の喉がやたらと大きな音でゴクリと鳴った。
「……未奈、ずっと、好きだった。もしも高校が離れてしまっても、これからも一緒にいて欲しい」
息を飲む。頭が真っ白になる。それは、思ってはいても口には出せなかった言葉だった。今の関係を崩すのが怖くて。ただ離れてしまうよりも、もっと心が離れてしまうのが怖くて。
はらり、と自然に未奈の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「……え、ちょ、未奈っ?!」
途端に隆志が慌てた声を上げる。
違うんだ。ちゃんと、伝えないと。
「ちがっ……違うの……。怒って……るんじゃ、なくて……うれし、くて」
涙に声がつまって、なかなか言いたいことが言葉にならない。
「未奈、それって?」
期待した目で隆志が未奈を見つめる。
「わたし、も……たかしが好きだよぉ……」
なんとかそこまで口にすれば、もうグチャグチャだった。後から後から涙は零れ落ちて。止めようにもちっとも止まらなくて。結局、祭りがほとんど終わる時間まで、未奈は延々泣き続けていたし、その横で、隆志はずっと未奈に寄り添い続けていた。
結局、両思いになった力か、凄まじい巻き返しを隆志が見せて、未奈と隆志は同じ高校に通い始めた。今思えば、あの頃が一番幸せだったのかもしれない。
//
高校を卒業すると、未奈と隆志は初めて別々の道を進むことになった。
昔から勉強好きだった未奈は、東京の大学へ進学し、経済的にも厳しく、勉強嫌いだった隆志は、地元にある大手企業の支社で働くことにした。
互いに慣れない新生活の中で、連絡を取る回数は少なくなり、ただ、長期休暇になれば帰省するという未奈の言葉を糧に、隆志は一向に上手くいかない仕事に悪戦苦闘していた。新人とはいえ、田舎の小さなオフィスとはいえ、全国に名を馳せる大企業ということもあり、先輩たちの指導は厳しかった。それに負けるものかと食らい付こうとしすぎるあまり、未奈のことが次第におざなりになっていったのは、薄々感じてはいたけれど、些細なことだと隆志は思っていた。
やってきた秋の始め。大学生はまだ夏休みの後半戦。未奈が数カ月ぶりに帰って来た。ただ、隆志はちょうど上半期末に向かって会社全体が忙しくなる時期にあたっており、ちっとも未奈に会えずにいた。いや、むしろ、会いたいとすら思っていなかった。その時は仕事がすべてで、なんとか始めたばかりの仕事をものにすることしか考えていなかった。
母親から、秋祭りぐらい未奈と一緒に行って来い、と言われて、初めて未奈が帰って来ていることを思い出した。九月に帰ってくるとは聞いていたけれど、実際に帰って来たかどうかはまったく気にしていなかった。
慌てて隆志が連絡すると、電話の先で、未奈は呆れたように笑っていた。久々に会えるのが嬉しい、と言われて、そう言えばこんなにも長い間、未奈と顔を合わせないのは初めてだと気がついた。
結論を言うと、祭りは散々だった。
久々に顔を合わせて、屋台を見ながらお互いの近況報告をするところまではよかった。
ただ、ここ最近の忙しさによる疲れがたまっていた隆志は、すぐに体力的に白旗を上げた。それで、祭り会場から離れた分社のベンチで休もうという話になった。
「社会人は大変だねぇ」
ため息をつきながら、ぐったりとベンチに座り込む隆志を見て、未奈が呟く。それが、どうにも勘に障った。
「そうだよなー。いいよなー、大学生は。二ヶ月も夏休みがあるんだもんなー」
それが、今度は未奈の琴線に触れたらしい。
「なにそれ。私、ラクするために大学行ったんじゃないんだから」
「でも、カレンダーの赤と青の日プラス数日の休みしかない俺よりはラクだろ」
「高校の時とは比べものにならないくらい、授業難しいんだから」
「こっちだって、新しく覚えることの連続だっての」
ああ言えばこう言って、互いに譲らない。
それまで、大きな喧嘩一つもしていなかったせいか、相手に対する不満の収め方がわからなかった。
結局、その日はそのまま喧嘩別れになり、忙しさにかまけてぐずぐずしているうちに、未奈は東京に帰っていった。
そうして、二度と地元に帰ってこなくなった。
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嫌な予感ほどよく当たるものだ。母に無理やり着せられて、久々に袖を通した浴衣姿で祭りに繰り出して、一番最初に顔を合わせた知り合いが、隆志だった。
六年ぶりに会うその姿は、以前よりも落ち着いた雰囲気を醸し出していた。前はひょろひょろのノッポだったのが、いつの間にかほどよく筋肉をつけて、男らしくなっている。
一瞬、その変わりようにのぼせそうになった自分に、未奈は心の中で舌打ちをした。人生最悪の日を作り出した男に、今更何を考えているのだろうか。
そう、確かに意地を張ってしまったことは認めよう。喧嘩の理由だって、大したことじゃなかった。お互いに慣れない新生活に疲れていて、それを分かち合うことができなかった。ただ、それだけだったのだ。
だからって、いまさら再会したところでどうにもならない。なるわけがない。そう思って、今まで地元に帰るのを避けてきた。
「未奈、ちょっといいか」
それなのに、隆志は何事もなかったみたいな顔で、あのときと同じセリフを吐いた。すべての始まりだったあのセリフを。
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その姿が見えたときは半信半疑だった。例年通り、祭りの入口で未奈が来ないか、人混みに目を凝らしていた隆志が目にしたのは、懐かしいあの浴衣。未奈が毎年着ていた浴衣だった。
自分の目が信じられなくて、他の人が同じ柄の浴衣を着ているのだと思った。だが、その人物が近づいてくるにつれて、それが自分の願望が見せる幻で無いことがわかっていく。
相手もこちらに気づいたのか、隆志が声をかける前に、未奈は隆志のことを視界に収めて足を止めた。一瞬、驚いたように呆けた顔をして、それから思いっきり仏頂面になる。それで、相手がこの再会を歓迎していないと理解するには十分だった。
それでも、今年が最後だからと思い切って声をかけた。
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隆志に連れて来られたのは、いつもの神社の分社だった。六年ぶりに訪れるそこは、以前とまったく変わらない姿をしていて、時間がさかのぼってしまったみたいに落ち着かない。
隆志は何を言うつもりなのだろうか。いまさらやり直したいとでも言うのだろうか。この再会で急に六年ぶりの距離が縮まるほど、人の心は単純にできてはいないと言うのに。
あの幸福の時とは違って、未奈が痺れを切らす前に、隆志は口火を切った。
「未奈、俺、ずっとお前に言いたかったことがあるんだ」
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告白の瞬間に比べれば、ほとんど勇気は不要だった。六年分の決意が効いていたのかもしれないし、前よりも肝が据わったのかもしれない。
言葉は特に意気込むことなく、するりと口からこぼれ落ちた。
「あのときは、ひどいこと言ってごめんな。未奈だって、未奈なりに苦労してたはずなのに」
口に出した瞬間、胸がスッと晴れる。六年間ずっと言いたくて言いたくて、言う機会ができなくてため込んでいた言葉。
「俺、来年から海外勤務に決まったから、どうしてもそれまでに謝っときたくて。やり直したい、とか俺はからは言えない。海外転勤は独身限定だから未奈は連れていけないし、どうしても今行っときたいから辞められない。六年も喧嘩別れのままだったのに、いまさら待っててくれなんてさすがに言えない。だから、謝ることだけでもできて本当に良かっ……」
言おうとしていた言葉の最後は、言葉になる前に消えてしまった。衝撃があったと思えば、胸の中に泣いている未奈がいた。あの、一番幸せだった時と同じ姿をした未奈がいた。
「わたしっ、待、ってた。六年間、その言葉を、待ってたん……だからぁ。何年、だって、待つよ……。隆志が……帰って、くるの」
その姿を見て、隆志は思った以上にホッとしている自分に気がついた。まるで、こうなることを本当は望んでいたみたいに。
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隆志の胸で泣きながら、未奈は思った。今度こそ、遠くにいても、ちゃんと想いが伝えあえますように、と。