創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて~1000チャレ11

 女は何かを考えるように顎に手を当てて首をかしげた。眉間に小さな皺が寄る。
「落ちて、溺れた……じゃあ、あそこはやっぱりただの海だったのね」
 ぽつり、と残念そうに女が呟く。
「ただの海って、海は海だろ? さっき聞いた竜宮伝説ってやつが関係すんの?」
 さっきまでぐったりしていたのは何だったのか、健吾はベッドに座る女の間近に近づくと、その手を握りしめて、首をかしげた。本当に女に対してがめつい。
 まぁ、それも今回ばかりは仕方がないだろう。なにせ、相手は金髪碧眼の人魚のような美女だ。健吾どころか、全国の男の目が眩むのも仕方がない。
「りゅうぐうでんせつ、というのは知らないけれど、あそこに行けば、何かが分かるかと思って」
「「「何かがわかる?」」」
 女の言葉に全員の声がハモる。
「私、何も覚えてないんです。自分の名前以外。でも、あの岩場の先から見えた海はなんだか特別に見えて。あの海の奥に進めば、何かが思い出せる気がして……」
「だから思わず飛び込んだ、と」
 浩一の言葉に、女がこくりと頷く。
 なんとも頭の痛い話だ。竜宮伝説の岩場、通称竜宮岩は、確かにいわくつきの場所だ。だから、何かがあってもおかしくなかった。伝説がただの伝承ではなく、ある程度は事実であることは、浩一自身が一番良く知っているのだから。
「そーだ、名前、名前。名前は覚えてんだろ? 名前教えてよ。俺は健吾。佐藤健吾。こっちの男は、渚浩一で、こっちの女の子は、岬アキラで、アキちゃん」
 こういうとき、健吾の底抜けの明るさと、コミュニケーション能力の高さがありがたい。暗い空気やこちらの不穏な空気を意識的にか無意識か知らないが、さっと感知して雰囲気がどんよりするのを防いでくれる。だから、すっかり油断していた。
「美海です。美しい海と書いて美海」
 女がそう言った瞬間、くらりとめまいがして、浩一の脳内にずいぶんと昔の映像が流れ込んでくる。そうだ。確かあのときの彼女も確かにこう言っていた。『美しい海と書いて美海』と。見た目が珍しい西洋系だから、名前だけは和風にしたと聞いたと。それは、暗く遥か彼方から降り注ぐ太陽の光に照らされた世界。そこで──
「浩一?」
 健吾の声に、ハッと意識が現実に戻ってくる。しまった、と思ったときにはもう遅かった。あの世界をまた鮮明に思い出してしまった。どれだ思い出そうと無駄だから、だから、それが嫌でこの町を逃げ出したのに。 それなのに、この町と、そして目の前で不思議そうにこちらを見つめる金髪の女が、どうにも記憶を刺激する。
 あの、青の世界が、また空想の青が視界を覆っていくのを、浩一はただただ見つめることしかできなかった。

(1100文字)

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キャラが増えてきて上手く動かせなくなってきた。要特訓だなぁ。