創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

片思いのその先へ──のべらっくす第13回

毎月おなじみ企画の時間です。

novelcluster.hatenablog.jp

今回のテーマは「魚」
幼なじみ三人の三角関係恋模様(片思い視点)でございます。
今までで初めてテーマが後づけです。
どーしても切ない片思いモノが書きたかったので、魚をくっつけました。

最近、文字数制限との戦いがデフォルトで、
昔は5000字とか全然書けなかったから、嬉しいやら悲しいやら。 

それでは、どうぞ。

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photo credit: 20090710 Kaiyukan 19 (Devilfish? Devilray?) via photopin (license)

 「片思いのその先へ」 

 いつからだろうか。あの二人の間にいるのが苦しくなったのは──
 そう考えた時に、実咲はいつも思い返す。二人と出会った小学生の頃から、今までを。
 何度も。何度でも。

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 小学校に入学し、初めて「教室」というものに入る緊張感を胸に抱きながら辿り着いた自分の机と椅子。右隣にいたのは、初日の緊張感なんてまったくなさそうに笑っている女の子──春華。前の席には、男の自分から見ても整った顔立ちをした男の子──功(いさお)。
 初めての友達がその二人だったのは、何かの運命だったのかもしれない。
 小学校中学校とクラス替えを重ねても、三人はいつも同じクラスだった。席替えで席が遠くなることはあっても同じ教室の中、休み時間にもなれば、近くの空いた机に集まって、他愛もない話を繰り返した。
 中学に入って、功がサッカー部、春華が吹奏楽に入部し、実咲が帰宅部でのんべんだらりとしていても、お互い一番の友なのは変わらなかった。休日になれば、一緒に近くのショッピングセンターに出かけたり、ファーストフード店で一日だらだら過ごしたり、夏休みには親に頼んで、一緒に海や山にも連れて行ってもらった。花火大会があれば、春華が浴衣を着て、男二人の目を楽しませた。

 いつまでも続くと思ったその関係が崩れたのは、高校に入った時からだったんだろうか。それとも、本当はもっとずっと前から始まっていたんだろうか。
 三人が進学先に選んだのは、地元の公立校。常に中学のトップ成績を争っていた春華と功は、当然のように進学クラス。逆に下位争いを繰り広げていた実咲は、普通クラスに何とか補欠で引っかかった。
 出会って初めての別のクラス。それに不安がなかったと言ったら嘘になる。二人が部活に勤しんだとしても、休み時間は一緒に過ごすことができた中学時代と違って、休日にわざわざ約束を取り付けなければ、顔を合わせることすら難しくなった。何せ、同じ学年といえど、進学クラスは別の校舎に隔離されていて、気軽に会いにいけるような距離ではなかったのだ。
 たまに顔を合わせるようになった二人の関係が、友人から別のものに変わったのを知ったのは、高校最初の夏休みに入った時だった。
 毎年恒例の花火大会。いつもの待ち合わせ場所には、すでに春華と功の姿があって、二人の手がいわゆる恋人つなぎで結ばれていた。二人は敢えてそれを実咲の前でも続けたようだった。
「俺と春華、付き合ってるから」
 功の言葉にはにかむ春華と、困ったように笑う功を見ながら、実咲は心の中でため息をついた。その時思い浮かんだ言葉が「やっぱり」だったことに自分でも驚いた。たぶん予兆はあったのだろう。それを無意識に感じ取っていたのだろう。
 自分の考えに、ざわざわと心がさざなみを打つ。
「それで、三人ではもう遊べない、ってことか?」
 それを抑えながら、実咲は二人をからかうように笑った。
「「まさか」」
 二人の声がハモって、心の底から笑いがこみ上げる。二人は変わらない。関係性の名前が、「友達同士」から「恋人同士」に変わっても、実咲に対する態度はちっとも変わらなかった。
 だからといって、本当に今までどおりとはいかなくなった。ただでさえ、進学クラスで勉強が忙しい上に、二人はそれぞれの部活に勤しんでいる。それで今までと変わらず実咲と付き合っていれば、二人っきりになる時間なんてあるはずがない。二人は実咲にそんな気を回して欲しいなんて一言も口にしない。それでも、せっかく恋人同士になったのだから、甘い時間を少しくらいは過ごして欲しいと思うのは、友ならば普通のことじゃないだろうか。
 ある時は、気分が乗らないと二人の誘いを断り、ある時は、ショッピングセンターでするりと姿を消す。そうやって、意図的に二人きりの時間を作ってやる。すると、初めのうちは、約束を延期したり、実咲を探し回ったりしていた二人も、次第にその偶然という名の必然で作られた二人の時間を楽しむようになっていった。
 そうなった時、実咲はずいぶんホッとしたものだった。例え三人が友なのが変わらなくても、そのせいで二人の関係が崩れてしまうのは耐えられなかった。
 
 高校を卒業すると、三人はついにバラバラになった。別々の大学に進んだ三人の生活リズムはまるで食い違ってしまった。
 勉学にそれまで以上に勤しむ功は、授業のない時間の大半を自宅か図書館で過ごすようになり、先輩方の実力に触発された春華は、学内で吹奏楽の自主練に励み始めた。実咲はというと、始めは二人に置いていかれまいと勉強に力を入れていたものの、次第に真面目に授業に出ることもなくなり、同じ学科の仲間と街に繰り出したり、遊ぶ金稼ぎのバイトの日々を送っていた。
 一応連絡を取り合っていたものの、三人揃って会うのは月に一度から三ヶ月に一度と減り、そのうち長期休暇中に会うか会わないかぐらいになっていった。何せ二人がずいぶん忙しい上に、実咲もバイトのシフトの都合で、急に二人の予定が合ったなんて奇跡に応えることができなかったからだ。
 実咲としてはそれでよかった。ただでさえ会うのが難しい二人。その邪魔になるくらいなら、二人に会えない方がよっぽどよかった。
 そんな日々が続いた頃、就職活動期間を間近に控えたある日、急に功から電話がかかってきた。普段はメールでのやり取りがほとんどで、電話は緊急の時だけだったから、ずいぶん驚いたのを覚えている。それから、彼の話を聞いて、笑みが零れるのと同時に、どうしようもなく胸が痛んだことも忘れられない。
 それは、功によるある計画の相談だった。実咲はそれを一切の躊躇もなく引き受けた。
 
 計画実行の日。実咲は春華とともに、近くの水族館に向かっていた。
「新しくできた水族館かぁ。楽しみだね」
 実咲の隣で、今から何が起こるかも知らず、春華が微笑んでいる。春華には、功は少し予定があって、後から合流すると話してあった。だから、安心して実咲と二人きりの時間を楽しんでいる。
 それが、単なる実咲からのデートの誘いだったら違ったのだろうか。いや、たぶん、変わらなかっただろう。功も春華もどちらも変わらない。どんなに会う時間が少なくても、二人にとって実咲は一番の友のままだった。わざわざ「デート」と言わなければ、春華は嬉しそうに実咲の誘いに乗ったことだろう。
 それが想像できることが、実咲の胸に小さく刺さる。
 でも、それももう、終わりにしなければならない。今日のこの計画が成功したら、自分の気持ちに蹴りをつけなければいけない。
 先鋭的な建築家がデザインしたという不思議な形をした建物が見えてくる。目的の水族館まではあと少しだ。
「目玉は巨大なエイなんだよね。うまく写真撮れるかなぁ」
「まぁ、それは、このカメラに任せてよ」
 せっせと稼いだバイト代で購入した一眼レフを見せると、春華がまた嬉しそうに笑う。その笑顔も今日はこのカメラでたくさん写真に収めよう。そう思っているうちに、水族館はもう目の前まで迫っていた。
 水族館に入場すると、まず出迎えたのはヨチヨチ歩きのペンギンたちだった。ちょうど餌やりの時間だったらしく、ペンギンたちが飼育員の投げる魚に飛びついて、アクロバティックな動きを見せている。その動きを春華は食い入るように見つめていた。そう言えば、水族館に来たのは、幼稚園の頃以来だと言っていた。
 実咲はペンギンを撮るふりをしてこっそりと、そんな春華の顔も何枚かカメラに収めていった。
 ペンギンの次は、アシカに、オットセイ、ラッコ。それからイルカ。アクロバティックな動きを繰り広げる生き物たちに、春華は目を白黒させる。イルカの水槽が終わると、次は熱帯魚の水槽が続く。色とりどりの魚たちの美しさに、今度は思わずうっとりとした表情になった春華に向けて、実咲はすかさずカメラを向ける。今度も春華は魚に夢中で気づいていない。思わず、実咲の口から笑みがこぼれた。
 熱帯魚の水槽が終わると、お待ちかねのメインディッシュ、目玉の巨大エイが泳ぐ大水槽だ。
 だが、様子がおかしいことに気づいた春華が思わず足を止める。
「あれ? 真っ暗?」
 大水槽へと続く入口に立つと中は真っ暗だった。ぼんやりと魚のいる水槽は見えるし、人の気配も感じられるが、電気が一つもついていない。ただ、中にいる人々は、それに何の疑問も持っていないようで、騒ぎは起こっていない。
「とりあえず、ここにいても仕方がないから、中に入ってみよう」
 そう言って実咲が手を出すと、春華は迷うことなくその手を握った。柔らかな春華の手が、実咲の手に触れる。一瞬にして頭に血が上り、顔が赤くなっていくのを実咲は感じていた。周りが真っ暗で助かった。そうでなければ、不格好な言い逃れをするはめになっているところだ。
 春華の手を引いて、大水槽エリアに進む。実のところ、事前にこの場所には入ったことがあって、大体の物の場所も把握していたから、迷うことはなかった。手を引かれる側の春華は、さすがに暗闇が恐ろしいのか、足元が覚束ない。彼女が転ばないように、ゆっくりと先導する。
 胸が早鐘を打つ。春華と繋がれた方の手がジンジンと痛いくらいに熱を帯びる。それから逃れたくても、恐る恐る後ろを付いてくる春華のことを考えると、足を速めようとすることすらできない。
 時間にすると、ほんの数十秒のことが、まるで永遠のように長く感じられた。
 ようやく、実咲は約束のポイントまで春華を誘導することに成功する。闇に怯えているのと、部屋が暗いことを不思議に思っているだけで、春華がこちらの計画に気づいた様子は全くない。一仕事を終えて、ホッと息をつく。あとは、この後の様子を動画モードでカメラに収めるだけだ。
 春華の手を離し、カメラを手に取って、録画を開始する。
「実咲?」
 不思議そうに首を傾げる春華が闇の中で見えた気がした。それを心の目に焼き付けてから、実咲はパチリと指を鳴らし、合図を送る。
 瞬間、パッと大水槽に明かりが灯った。
 まず目を引くのは、水槽をのんびりと泳ぐ巨大なエイの姿だ。どうやら、上手くこの近くを泳いでいる時を選ぶことに成功したらしい。こればかりは、暗闇の中でタイミングを見計らうこともできなかったから、運試しだった。
 だが、すでに春華は、エイよりも水槽の前に現れた人物に目が釘付けだった。
 水槽の前に佇むのは、白いタキシード姿に包まれた人物。その顔はいつもよりは少し緊張の色が見えるものの、小学生の頃よりもずいぶんと磨きがかけられた美男子で、男の実咲ですら惚れ惚れしそうだった。
 最後までバラの花束を抱えようか迷っていた功は、結局、目当ての小箱だけを手に出てくることに決めたらしい。小さな小箱を両手に抱え、驚きで身動き一つ取れずに固まっている春華に一歩ずつ近づいていく。
「い、さお、なんで、そんな、格好……」
 春華がたどたどしくそう呟くと、功が女子達をとりこにするような蕩けた笑みを浮かべる。
 一歩。また一歩と春華へと足を進め、手と手が触れ合うような距離まで近づくと、ゆっくりとその小箱を蓋を開いた。
 中から姿を表すのは、誰もが想像した通りのシルバーの指輪。
「春華。卒業したら、俺と結婚して欲しい」
 功がそう言うと同時に、春華は迷わず功の胸に飛び込んだ。一瞬、驚きに目を見開いた功が嬉しそうにその背中に腕を回す。
「ね、春華。返事は?」
 急かすように功が尋ねれば、胸の中にうずもれた春華が慌てて首を縦に何度も振った。
 その瞬間、一部始終を見ていた周囲から万雷の拍手が鳴り渡る。時折、ヒューヒューと口笛の音も聞こえてくるし、からかうような野次も飛んでくる。そのすべてを、実咲は映像に収めていった。
 数分後、功の腕の中で恥ずかしいやら嬉しいやら、追いつかない感情の整理をしていた春華が顔を見せると、再びさっきよりも大きな拍手の嵐が起こる。瞳に涙を浮かべながら、それに笑って応える春華は、今までで一番キレイだった。

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 プロポーズの動画や、今までの写真を編集しながら、実咲は想いを馳せる。二人は幸せになるだろうか、と。
 答えは決まっていた。たとえ、自分が一人になってしまっても、二人だけは絶対に幸せになってもらう。
 チクリと痛む胸を抑えつつも、実咲は笑みをこぼしながらそう思っていた。

 

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作中に入れられなかったけど、新しい水族館のサービスで、平日の一日一組限定プロポーズ大作戦!な感じ、という設定です。