創作の箱庭

オリジナル小説置き場。企画物やら短編やら長編やら。ファンタジックなの多め?

海に焦がれて~1000チャレ15

 見つめた浩一の瞳の中には何も映っていなかった。この部屋も、外も景色も、目の前にいる健吾の姿でさえ、その目は現実にあるものは何も映していない。ただゾッとするほどの闇が広がっていて、勢い込んで口火を切った健吾はその勢いを急速に失ってしまった。
「……お前にある前の話に、お前は関係ないだろ」
 ようやく浩一の口から出てきた言葉は、健吾を呆然とさせるには十分だった。
 そんなの関係ないだろ、とか。水臭いな、ダチだろ俺ら、とか。言いたいことは頭の中をぐるぐると回っているのに、一つもそれが言葉にならない。
 わかってしまったから、そんな薄っぺらな言葉をかけたところで、何も変わらないってことが。
 浩一の心は頑なだ。どう足掻いてもこじ開けられないぐらいに。
 気づけば、掴みかかっていた腕は外れ、一歩、また一歩と浩一から離れていた。
「……俺は、お前と親友のつもりだったのに、お前は違ったんだな」
 そうポツリともらすと、健吾はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
 部屋を飛び出し、廊下を駆け抜け、宿の玄関で中々履けない靴に苛立ち、宿を出て夜道を駆け抜ける。

 いつの間にか、海に出ていた。

 目の前に広がるのは、漆黒の海。
 昼間の喧騒が嘘のように浜は静まり返っている。まだ、それほど遅い時間でもないが、田舎は眠りにつくのが早い。周囲を見渡しても、どこの家も明かりが消え、物音一つしない。
 急に頭が冷えてきた。
 すぐにカッとなってしまうのは、悪い癖だ。考えるってことが苦手で、考える前に口や手が出てしまう。
 別に浩一だって、健吾のことを友達だと思っていないわけでもないだろうに。友達でもなんでもないやつと、二人で海なんか来ない。大学から知りあった奴らには、めったに笑わない浩一が、健吾の前だとよく笑うと言われた。冷静になれば、いくらでも、二人の友情の証みたいなものは思い出せるのに。
「なんであんなこと言っちまったんだろうなぁ」
 つぶやいた独り言は、誰にも聞かれることもなく、海に吸い込まれていく、はずだった。
「けんごくん?」
 自分を呼ぶ声に振り返れば、夜闇に沈む黒い髪の女がこちらを不思議そうに見つめていた。
「アキちゃん……」
 情けないところを見られた。慌てて目元をこすったが、さすがに涙は流していなかったらしい。
「どうしたの、こんなところで。こーちゃんは?」
 ニコリと笑うアキの表情は、初めて会った時よりもぎこちない。まだ、昼間のできごとを引きずっているようだ。
「ちょっと、眠れなくってな。この辺、みんな寝るの早すぎじゃね? 都会っ子の俺は、まだ全然眠くないっての」
 おどけるように肩をすくめると、アキも同じ動作をする。
「私も、ちょっと今日は寝れなくて。昼間のこと、いろいろ考えちゃって」
 夜風が二人の間をさらさらと通り抜ける。
 今は何も聞かずに別れるのが得策というのは、わかっていた。連絡先ぐらいは聞いてもいいかもしれないが、今この偶然に頼っても何も聞けないんだろうなってことは。それでも動かずにいられなかったのは、聞かずには今日は眠れそうになかったからかもしれない。
「なぁ、アキちゃん。昔、何があったんだ?」
 アキは無言で海を見つめる。その先に広がるのはただの真っ黒な海。何かがあるとは思えないようなただの闇だ。
 やっぱり無理か。健吾がそう思うほどの無言の時間が流れたとき、ゆっくりとアキが話し始めた。
「あれは、私たちが小学生のときだった」

(1410文字)

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海で健吾が出会うのを、美海にしようかアキにしようか迷った。
明日は、アキ視点の過去、小学校時代篇。